横丁の隠居、ぼそぼそとひとりごちる。
富士には迷走がよく似合う
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旅を計画するとき、「あれとあれだけは見ておきたい」とか「せっかくだからついでにあれも見ておきたい」などと、いろいろと欲は出てくるのだ。
だけど、それらのことを、“何が何でも”とまでは思わない。
旅は、というか、人生は、予定通りにはいかないものなのだ。
晴れていれば素晴らしい眺望を楽しめる場所であっても、もし雨が降ってしまったのなら、そこに立つつもりにしていた時間は別の場所で過ごすことにしたほうがいい場合もある。

ボクは最初、河口湖と富士山を絡めた写真を撮りたいつもりでいたのだけど、御坂峠の天下茶屋から遠望したとき、その日の富士山はまったくご機嫌斜めだった。カッコいい写真を撮れるコンディションではない。
それですっぱり諦めて、静岡県側まで足を延ばして白糸の滝を撮ったのだった。

夕方近く、山梨県側に戻ってきたとき、少しだけ雲も晴れてうっすらと富士山が姿を見せ始めていた。
お、これは、絵になる写真が撮れるかなと、一旦は諦めていた高みからの撮影に挑戦してみることにした。
結果的には、さっぱりだった。
条件さえよければ、かなり感動的な写真が撮れるはずなのだけど、何か薄く紗のベールがかかったまま照明が落とされたようなもので、何がなんだか、輪郭がまるではっきりしない。

それでも何百キロも走ってここまで来ているのだから、せめて一枚くらいは使える写真を撮って帰りたい。
それで、山の中を、ずんずん歩き回って最良の撮影ポイントを探してみる。
そうしているうちに、どんどんと辺りは暗くなってくる。足元すらおぼつかなくなる。
さすがに、日の落ちた山の中で一人というのは、心細いだけでなく、ちょっと、コワクなってもくるのだ。

しょうがない。こういうときはスパッとあきらめよう。
二度と来れない場所というわけじゃないんだ。
「今日のところはこれくらいにしといてやろう」…ってカンジだ。


いい旅でした
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つごう三夜、クルマの中で寝て単独ドライブ旅行をしてきた。
昔(20年も前)、やはりフリーで仕事をしていて県外に取材に出かけた時、安宿に泊まるだけの金の持ち合わせもなく、見知らぬ土地の空き地の物陰にクルマを止めて、なんだか情けなくて泣きたくなる気持ちでクルマの中で夜を明かしたものだけど、やっていることは同じながら(それに、金がないのも同じだけど)、今はクルマで寝ながらのドライブ旅行が楽しくってしかたがない。

最後の夜は草津温泉の道の駅で過ごした。
ほんとは、その日のうちに峠を越えて高速にのってしまうつもりだったのだけど(ETC割引を有効に利用するために)、軽井沢を経て草津温泉に入ってみたら、なんとはなしに親しみのわく温泉町で、「よし、予定を変えて今夜はここで泊まろう!」と。
温泉町なのだから温泉宿に泊まれば良さそうなものだけど、決して負け惜しみではなく、ボクは、誰に気兼ねなく道の駅の駐車場で一夜を明かすことを選ぶ。実際、駐車場には他にもかなりの台数のクルマが止まっていた。
お金がないから宿代をケチっているのではなく、みんな、風来坊のような旅を楽しんでいるのだ。ああ、同じような価値観の人がいるのだなあと、嬉しくなった。

草津温泉の好感度が高かったのは、共同浴場が無料だったこと。
有料でも入浴して汗を流そうとは思っていたのだけど、無料と聞いて「ならば、是が非でも入らねば」と。
ご存知のように、草津の湯は非常に熱い。半端なく熱い。
ぬるま湯好きのボクには苦手な部類だけど、ここで尻込みしてては男がすたる。
きっちり肩までつかって50数えて、しっかり元を取って(?)きた。

浴後、低温ヤケドのようなヒリヒリ感も少しあったけど、強酸性で高温の湯が、汗だけでなく老廃物まですべて流し去ってくれたのか、肌もつるつるしてすこぶる心地よい。
ああ、なんだか申し訳ないくらいに幸せだなあと、安らかな気持ちでクルマの中で眠りについたのだった。

今回の旅で、行ってみたいところ、見てみたいもの、会いたかったもの、ほぼ100%消化できた。
こんなに清々しい気分で終えられた旅は久しぶりだ。



秘めてこそ手柄
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ネットのニュースを見ていて失笑してしまったことがある。
それは、ある地方の80過ぎの元県議のおじいちゃんが、県が管理する公園に勝手に自分の銅像を建てようとした話だ。
基礎工事が始まった段階で、県はそんなものの建立の許可は出してないということが発覚し、結局工事は中止、現状復帰の命令を出されてしまった。
おじいちゃん、「この公園の開設に自分がどれだけ尽力したか、後世の人に伝えたかった」…のだと。
どれだけ名誉欲の強い人なんだか。
周囲がその人の功績を讃えて銅像を建てようという話ならともかく、自分で建てようっていうんだからね。

先週ボクが取材して、今週原稿にまとめたネタがある。
それは、「車イスで見れる滝」というものの環境整備に手弁当で奮闘した人達の話。
秋田県のある町には、かなりの数の滝が点在している。
それらの滝を少しでも多くの人に見てもらおうと、地元の商店主たちが、案内板を立てたり足元の整備をしたりした。
それから、「車イスのままでも見れる滝があってもいいよね」と、私有地へのクルマの立ち入り許可を取り付けたり地面を平らにしたりということに自分たちで汗を流した。

その成果を喜ぶ人たちは多いだろうけど、商店主たちには何の見返りもないのだ。自分たちの本業にだって、おそらく何のプラスにもならないだろう。それどころか、ヘタをすれば、ここまでになるのに誰が汗水流したのかということに、光すらあたらないかもしれない。
彼らは、“手柄”や“名誉欲”のためにやったのではないのだ。
「自分たちは裏方。喜んでくれる人がいればそれで十分」…そんな思いだったのだと思う。

元県議のおじいちゃんも、そういう志しでいてくれたら、カッコよかったのにな。

ボクが書いたコラムは800字程度の掌編だけど、「誰が汗水流したのか」ということに光のあたる書き方をした、つもり。



季節の変わり目
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冬であれ夏であれ、いよいよその季節本番となれば、どんなに寒かろうが暑かろうが比較的平気なのだけど、季節の変わり目というのが一番いけない。
体が慣れていないというか急激な変化についていけないというか、キモチの覚悟がついていないということもあるのかもしれないね。
特に昨日などは、夏本番の陽気ということで、ぜーぜーぜーぜー、喘ぎながら一日を過ごしておりました。

土日、写真講座文章講座と、続けてルーティンワークをこなし、ゆっくり休めないまままた一週間の始まり。
今日明日は、何はさておき原稿を3本書き切らないと締切が待ってくれない。
オーバーヒートしないように、背中からやんわり扇風機の風を浴びて、がむしゃらに書き進めるわけです。

それが終わるととりあえず今月の山場は越えられるので、月末には小旅行にでも出られるかなと思っていたのだけど、急遽、30日に写真講座の講師をやってくれないかと、つきあいのあるカメラ屋さんからの要請。

無事に原稿を書き終えて、かつ、29日まで秋田に戻ってこれるような旅の予定が組めるかどうか…。
ま、そんなスリルとサスペンスも楽しからずや。

暑い日が続きます。どちらさまも御身お大事に。


八甲田山中より
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もうすぐ桜桃忌ですか。
今夜は、檀一雄の『火宅の人』にも登場する八甲田山中の温泉旅館に泊まっています。
太宰の没後、青森県蟹田町に建てられた太宰の文学碑の除幕式に出席するため、檀は青森を訪れました。
地元の人に紹介されて一夜の宿にしたのがこの旅館だったのだけど、あいにく予約もなしでやって来た檀に空いている部屋はなく、仕方なく大広間の片隅に布団を敷いて夜を迎えたのでした。
そして、あの長編小説の“出発点”は、事実上、その夜にあったと言ってもいいはず。

吉田拓郎の『旅の宿』ゆかりの宿でもあり、宿のホームページにもそのことには触れていたのだけど、なぜか『火宅の人』のエピソードはどこにも出てこず、内容が内容だけにオフレコなのかなと思っていたのだけど、取材ついでに宿の人に聞いてみたらそんなことはないということで、ならばボクがこの宿の取材記事を書くにあたっても、堂々と『火宅の人』のことにも触れさせてもらうことにしましょう。

温泉を取材するときは、こちらで勝手に館の内外を徘徊させてもらって、勝手に写真を撮らせてもらうことにしているのだけど、そうしたら、ありましたよ、その“大広間”が。
直感的に、「あ、ここだ!」って、思いました。

ボクは、檀一雄も『火宅の人』も、特別に好きだってわけではないのだけど、なぜか少しだけ心に引っかかるものがあって、その残像のようなものを追いかけているようなところがあります。
今夜、その残像の一つに触れることが出来ました。