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横丁の隠居、ぼそぼそとひとりごちる。
このブログの更新を終了しようと思う。
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事実上、去年の4月からこのブログの更新は止まったままになっていたけど、ちょうど年度末でもあるので、今日を持って改めて正式に、ブログ更新終了を宣言させてもらいたいと思う。

思い返せば、ボクは秋田ではかなり早い時期にインターネットユーザーになり、かなり早い時期に「blah blah AKITA」という名のホームページを開設した。
当時はまだ秋田では個人でホームページを持っている人が少なく、多くのネットユーザーがボクのホームページに遊びにきてくれた。
ネットを通した仲間が増えて(ネット以前の知人よりもネット後の知人のほうが上回るくらいに)、オフ会やチャット大会を開いて大いに交流を楽しんだ。

「ぶらぶら横丁」という名のBBSも開設して、僕がバカなことを書き込んだり、友人たちがツッコミを入れてくれたりして、それもまた楽しかった。
それがこのブログの前身。

やがて、誰でもがホームページやブログを開設するのが難しくない時代になってきて、相対的に、ボクのホームページやBBSから、“ネット仲間の溜まり場”的使命が薄れていった。
まあ、発展的解消と言っていいだろう。
ネットを通して偶然に出会い、お互いの人生の一時期を楽しく共有できたのだから、とても幸せなことだったと、ボクは今でも思っている。

実を言えば、今よりももう少し早い時期に、このブログを閉じようと思ったことがあった。
ネット仲間のたまり場的な使命は終えつつあったし、自分の本業である写真寄りのブログも始めていたから、こちらはもうそろそろいいかなと。

ただ、限りなく訪問者が減っていっても、たまに遊びにきてくれる古いつきあいの友人のことは無下には出来ないではないか。
その一点のみが、一年前までこのブログを続けてきた理由だったと、白状しておこう。

だから、今になっても、このブログを閉じることは心苦しいのだ。
まったく他意はないだけになおさら。

しかし古くからの友人ならお分かりのように、ボクはこのごろ自分の気力というものに自信が持てなくなってしまうことがある。
エネルギッシュにはつらつと日々を過ごすというよりは、できるだけのんびり過ごしたいという想いのほうが強くなってきた。
面倒くさい仕事を抱えてしまうとのんびり過ごすということも叶わなくなってしまい、一層気分が萎えてしまう。

そんなこんなで、とにかくこのブログは閉じる。
ブログは、「津島修三ブログ」という名のもう一つのボクのブログに一本化する。
フェイスブックには本名でエントリーしてるので、よかったらそっちのほうも覗いてもらいたい。

これは、一つのことを終わらせるのではなく、次のステップに進むための手続きだと、理解していただきたい。

だからもちろん、さよならは言わない。



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テーマ:お知らせ - ジャンル:ブログ

ココロ労るコトバ
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ボクが観光の世界に思い入れが強いことは皆さんご存知だと思うけれども、そのボクの目から見たときの秋田県の観光情報発信の脆弱さを、ボクはいつも憂慮しているのです。
秋田県観光の一番のオーソリティであるべきウェブサイトのデータベースに、誤情報、あるいは、容易に手配できるはずの資料写真がいつまでたっても未掲載のままというようなケースが、あまりに多くて。

「だから秋田ってダメなんだ」とこき下ろすのではなく、「このままじゃまずいからなんとかしましょうよ」と前向きの提言のつもりで発言しているのだけど、果たしてそのように伝わっているかどうか…。

ツイッターでもときどきそのことに触れたりするのだけど、それを読んだ人が果たして、“前向きな提言”と思ってくれるか、それとも、「おーおー、この親父、また重箱の隅をつつくようなことを書いてるよ」などと、冷めた捉え方をされてしまうのか…。

ボクは今、赤字続きで存続が危ぶまれている第三セクターの秋田内陸縦貫鉄道の再生関連事業に手弁当でかかわっているのだけど(弊社自体が赤字続きなのにね^^; )、この鉄道は地域のかけがえのないライフラインなので、会社自体の自助努力、行政の支援の他に、多くの個人や団体が“応援”をしている。
内陸線応援を目的にするサイトや掲示板もいくつかある。

ところがね、中には、それが本当に“応援”になっているのかと、疑問に感じることもあるわけですよ。
もちろん当事者は、「内陸線を愛すればこそ」敢えて本音で言わせてもらう…というような考え方なのだと思うけど、ボクに言わせると、その論調が“建設的でない”ところがとても気になるのです。

「そんなイベントやったって増収にはつながらない」とか「新しい社長は何も分かっていない」などなど、とにかくペシミスティックな論調がかなり多い。
これじゃあ、“応援団”じゃなくて“足引っぱり団”じゃないのかと。

こういうのは、“噛み合ない結婚生活”にも似てます。
「少しは家族生活のことも顧みてほしい」と言う妻に対して、「誰のために汗水たらして働いていると思ってるんだ!」という言葉で一蹴してしまう亭主…。
亭主は、自分の主張の誤りにはなかなか気づかない。むしろ、“こんなに頑張っている俺”というヒロイズムに酔いしれる…。

昔はボクも血の気が多かったから、「こいつの言ってることはおかしいんじゃないか」と思ったことには、徹底的に反論を挑んで、相手を打ち負かそうとしたこともあったけど、今となってみればそういう行状もむなしい。

心配してくれるのなら、“字面”で心配するのではなく“行間”で心配しろ。
ボクは、ボクが応援したい組織や個人に対しては、字面ではなく行間で応援していきたいと、思う。


川の流れのように
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そっか、こっちのブログにもLR写真をどんどん使っちゃえばいいんだ!…と、ひとりごちてみる。

あ、ご無沙汰でした!
ほんと、ながいあいだ留守にして申し訳ない。
もう戻ってこないんじゃないかって、思ったでしょ。

いちばんしんどかったのは、ほとんど切れ目なく書きもの仕事が続いてたってことだね。
不景気な今のご時世に、仕事が途切れないってのは有り難いことなんだけど、あまりにそれが続きすぎると、なんだか鬱屈した気分になってくる。

なので、たまにぽっかり空き時間が出来ても、なんにもする気になれなくて、無為に過ごしてしまうんだね。

あなたはどうですか? 気力充実してますか? 元気はつらつですか?
ボクはダメだねえ。いや、ひどく落ち込んでるってわけじゃないけど、気力充実!…ってわけでもない。なんとなくダラダラ生きてる感じ。

1歳4ヶ月になる孫息子が、最近は歩き回るのが楽しくなって、玄関で自分の靴を持って「外に出させろ」と猛烈にアピールする。
あとでねあとでねとなだめようとしても、泣いて文句を言う。
泣かれるのもめんどくさいから、ボクはむしろ進んで外に連れ出すんだ。
ほんの少し外で遊ばせたら、彼も気がすんで家に戻って大人しくしているので。

孫のお守りでたいへんとか、孫のお守りを楽しんでるってんじゃないんだ。
本音は、“めんどくさい”。

でも、幼児って大人の言うこと聞けるわけないからね、ギャーギャー泣かれて却って手こずるよりだったら、ほんのいっとき、本人の気の済むようにやらせたらいい、それが実は、めんどくさいことから解放されるための一番の近道なんだよ。

なんだろうねえ、サントリーが宣伝してる“マカ”なんてのを飲んだから、気力充実、元気モリモリってことに、本当になるのかねえ。
よくわかんないや。
とりあえず、もうしばらく、ダラダラ生きてみるよ。



物陰でサボる
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この不景気な時代に仕事が途切れないというのはありがたいことなのだけれども、それも集中しすぎると別の厄介な問題が起こる。
うちは、何人もスタッフを抱えて仕事をしているわけではなく、全部自分一人でやっているわけだから、処理できる仕事の量やスピードには限度がある。
クライアントもそれを分かって仕事を出してくれているはずなのだけど、たまに、こちらにグサリと突き刺さるような催促をされたりもする。
そりゃあまあ、仕事が遅れているという事実はあり、弁解の余地はないので言い訳も開き直りもしないけれども、なんていうのかな、ものには“言い方”ってものがあるじゃないですか。
ああ、気を遣ってもらってるんだなあとか、結局自分たちのことしか考えてないんだなあ…とか。

そういうのが、伝わってくるのね。
言葉自体は決してきつくないけれども、「あ、責められてる」…って空気。
で、そういう言葉の使い方から、その人の潜在的な人間性まで垣間見えてくる。
声を荒げて人を叱責したり恫喝したりする人じゃないけど、さほど心根の優しい人でもないようだな…と。

人として、限られた一度きりの人生を、少しでも平和で穏やかに過ごしたいから、イヤな気分で過ごす時間はできるだけ少なくしたい。
とすれば、催促された仕事はもちろん可及的速やかにこなして納品するけれども、将来的にはこのクライアントとは離れる方向で考えよう、と思ってしまうわけ。

来年は、いろいろ考えているんだ。
面倒くさいクライアントに振り回されずに、自分の性に合っている仕事をのびのびとやって、かつ、それで食っていけるくらいの稼ぎは確保できる仕事。

仕事に絡む愚痴を、ボクがやっているもう一つのブログで述懐すると、あちらはクライアントも何人か見ているので、「ん、これはオレのことか?」などと、いっそう気まずいことになりかねない。
さりとて、どこかで一旦愚痴をこぼしておかないと、なんだかやりきれない。
そこで、ほとんど訪れる人のいないこのブログで、それをするわけだ^^;

付き合わされる人にはお気の毒だけれども、体育館の裏のようなこの場所で、ボクは時々ひっそりと愚痴をこぼす。

ああ、これですっきりした。
さて、仕事に取りかかるか。

メリークリスマス!



オンナ嫌いになりかけて
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この数週間、ノイローゼになりそうなほど頭を悩ませていた仕事の問題がひとつ解決して、その点では少し気持ちを楽にして年末を迎えられそうなのである。
(悩み多き年頃なので、まだまだ頭の痛いことは山積なのだけど)

どういう仕事の悩みなのかと友人などに聞かれたときに、ボクは何度かこういう話し方をした。
「キャリアウーマンとか、自分で会社を経営しているような女性の中には、まれに、何か勘違いしているように感じられる人がいると思わない? いかにも“あたしは仕事のできるオンナ”オーラを出しまくっているような…」。

そこまで言うと、友人たちは、思い当たる節があるようで、大きくうなずくのである。
基本、人は仕事ができて当たり前なのである。だから、仕事ができることを自慢したりつまらぬオーラを出したりはしない。むしろ、少しばかり控えめですらある。多くの、仕事のできる男たちは。

ボクのクライアントの某温泉ホテルがホームページをリニューアルすることになって、たまたまそれを引き受けることになったのが女性社長の制作会社だった。
ボクはホテルのオブザーバー的な立場なので、リニューアルの打ち合わせの場にも同席する。
少なくとも最初の顔合わせのころまでは、オンナだからといって特に偏見もないし、むしろ、ちょっとうれしい。
女性の社会進出で、他の会社の女性スタッフと組んで仕事をすることになったり、ボクへの仕事の発注元の担当者が女性だったりすることも多くなってきた。

こちらももう本当にいい歳なので、“あわよくば…”なんてことはまず考えないのだけど、多くの仕事の現場のオンナたちは、みんないいやつばかりで、一緒に仕事ができることは、それだけで楽しい。“あわよくば…”もいいけれども、こちらは妙に親心みたいなものが出ちゃって、「あまり無理するなよ。幸せな人生を送れよ」などと声をかけたくなってしまうのである。

で、ホームページの件のオンナ社長だ。
まあ、第一印象としては、「女性なのに頑張ってるんだなあ。たいしたもんだなあ」という思いだったのだけれども、そのうちに段々と、やはり出さなくてもいい“オーラ”を出すタイプの女性だということが分かってきた。
業務連絡で送られてくるメールの、ちょっと馴れ馴れしげな文体や、行間に見え隠れする“上から目線”…。
「なに様のつもりなんだ!」と、唾棄したい気分になってくる。

しかも、“できるオンナ”ぶりをアピールするわりには、こちら側(ホテルオーナーやボク)は今一つ物足りなさや違和感を覚えるばかりであった。
しだいに、「ほんとにこの会社に任せていいのだろうか」と、不安になってくるのである。
ボクには、意見を述べる機会は与えられていても決定権はないので、ホテルオーナーがこの制作会社に最後まで仕事を任せると決めたら、ボクはそれに従うしかない。
もう、甚だしく気が滅入ってくる。

こういう喩えをすれば分かるだろうか。
自分にはほのかに想いを寄せ合っている恋人がいるのに、絶対に逆らえない親のひと言で好きでもない(むしろ生理的に受け付けられない)男と結婚しなければならなくなった娘の気分…。

まあとにかくずっとそんな感じで、憂鬱な気分で過ごしていたし、これから先も長くそれが続く雲行きであった。
ところがである。
事態は思わぬ展開へ!

この続きは次回!



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