
ある温泉湯治場に取材で泊まった時のことだ。
そこは食料持参で自炊湯治する長逗留の常連客が多いところだった。
あちこちで、そういう常連客の語らいが、聞きたくなくても聞こえてくる。
そんな中に、中年の夫婦連れとおぼしき男女がいて、けらけらと、小さくはない声で、つまり、周りをあまり気にしないような声の大きさで、あっけらかんとしたやりとりをしている。
それを聴くともなしに聴いていたボクは、あとから原稿を起こすときに、“常連客のめおと漫才のような愉快なやりとりも飛び交っているのであった”…というような書き方をしようと思っていたのだった。
その湯治宿をチェックアウトするとき、宿の人に二三のことを確認のためにたずねる。
どのあたりからのお客が多いのかとか、何日くらい泊まっていくのかとか。
「たとえば、あの女性のお客さんなんかは…」と、宿の人が言いかける。
「ああ、あのご夫婦ですね」と、ボクが応える。
「え、えぇと、夫婦ではないですけど…」と、宿の人が口ごもる。
(え?! 夫婦じゃないの?!)
そこを子細に掘り下げてもしょうがないので、ここは一つ“大人の分別”で、「あ、なるほどね。ふーん、そういうことなんですね」と、少しにやけながら、こちらもあまり気に留めずに受け流すのである。
まぁ、詳しい事情は知らないが、そういうわけで、夫婦ではない男と女が、端から見れば夫婦のような空気で、湯治場温泉の幾つかの夜を過ごしているらしいのであった。
これはボクの持論なのだけど、人と人が、いがみあったり憎しみあったり傷つけあったりしながら生きていくことに比べたら、どのような形であれ、“愛情”という感情に裏打ちされた生き方をしたほうが、はるかに素晴らしいし幸せだし救われることだと思うのだ。
ちっともうまくいっていない夫婦関係よりは、その陰でひっそりと咲かせる“愛の花”のほうが、一度きりの人生にあっては、はるかに価値のあるものなのではないか。
愛ある人生を生きようとする人を、愛のない人生を生きている人が責めるのは見苦しい。
人を責めるよりは、まずはおのれが愛ある人生を生きることだ。

今年に入ってから、外国取材の話が出ていて、ちょっと美味しいなとは思いつつ、でも、また途中から話が変わってくるだろうと思っていたら、案の定、非常に、非常にめまぐるしく話が変わってくるのである。
どうもこの話を持ちかけてくる会社の社長は、話がころころ変わるというよりも、思いつきだけでぽろっとしゃべってしまう人なのかもしれない。その都度図書館に行ってその国版の「地球の歩き方」を借りてきたり、H.I.S.に行って航空券の見積もりをとったりしているこちらの下準備が、ぜーんぶ徒労に終わってしまう。
行けと言われたら来週でも(あ、来週は無理だ。再来週なら)どこへでも行くので、話が本決まりになってからオファーをしてほしいもんだ。
そんなこんなで、複数の国の名前があがっていたのだけど、ひとまず、今年の外国取材はなしになりそうだ。
現在のボクのパスポートの有効期限は2010年9月。あと3年は随時ご注文を承ります。
そんな中で、同じ会社からの発注で山形県の山形、酒田、米沢3市のビデオ取材の仕事は本決まりのようで、今週中にもビデオカメラと三脚が東京から送られてくるらしい。実は今ちょっと、信州方面に行ってみたい気持ちがあって、仕事で山形方面に行くついでに(どうせ一日では終わらない仕事だからクルマの中で寝泊まりすることにして)、その足で信州まで行ってきちゃおうかなあなどと、目論んでいるわけです。
山形まで行く“ついでに”信州まで…という理屈が通るかどうかはともかく。
今週の予定はというと、本当は今夜温泉取材の原稿を一本仕上げたかったのだけど、今日の日中の仕事がけっこうきつくて気力が残ってないので今夜は多分無理。締切一日延ばしてもらう。
明日はクルマの広告取材の打ち合わせがあり、水曜日にその取材本番、すぐに原稿書き始めつつ、木曜日はちょっとラジオに出て、それから八幡平の温泉に行って一泊取材、翌日帰ってきたらすぐにそれの原稿を書き始めつつ、土日は某大学祭の記録写真の撮影、そいでもって、翌日にはすぐに、某町観光協会からの依頼のHPリニューアル案の作成…と、予定を書き出してるだけでもなんだか息苦しくなってくる。
こんだけ予定が詰まってるんだもの、山形まで行ったついでに気晴らしに長野まで足を伸ばしたって、バチは当たらないよね(?)
本日の写真は、昨日、秋田港の展望タワー「セリオン」に仕事用の写真を撮りに行ったついでに撮ってきたカットをパソコンでジオラマ風に加工したものです。
ホンモノの風景なのだけど、おもちゃっぽく見えましたらおなぐさみ。

今日は午後から温泉の取材に出発しなければならないので、仕掛かり中の原稿はなんとしても昼までには仕上げなければならなかった。
…と、昨夜遅くまで、しっかりそう思い込んでいた。
が、一日勘違いしていたのだ。温泉取材は明日だった。
いやあ、なんでこんな単純な思い違いをしていたのだろう。
ま、こういうことは稀にあることなんだけれどもね。
たとえば、夕方5時半からの『笑点』をとても楽しみにしていててソワソワしていたら直前になって今日は土曜日だったと気づくとかね。
昨日なんか、取材に出かける前にある程度やっておかなければならないこともあるってんで、電話であるところに取材の可否をたずねていたんだ。
いつか取り上げたかったネタで、それを取材させてもらえるかどうか、取材させてもらえるなら取材日はいつにするか、そういうことを電話で話をしていたら、先方は少し申し訳なさそうに、「実は、今はその件にはあまり触れてほしくないんです」…。
何かいろいろ事情があるらしい。
こちらは、何が何でも強引に取材を進めるというものでもないから、先方の不都合ならあっさり諦める。むしろ、「どうしたものか、いつ電話しようか、取材スケジュールが組めるだろうか」と、ずっと懸案だったことが一つ片づいたので、ちょっとすっきりしたくらいだ。
すぐに次のネタを考えなければならないのだけどね。それは、ま、候補もあるし。
でもって、今日も一日籠の鳥で原稿書きに四苦八苦することになるのだけど、その矢先、「月曜日に取材した分の原稿はいつあがりますか?」という電話。
「あ、はい。明日の昼までにはあげたいと思ってますです」
その原稿の前に、もう一本まだ出来上がっていない原稿もあるというのに、「今出ました」が常套句のそば屋の出前方式の返答を、とりあえずしておく隠居であった。

ご案内のように、ボクは朝が苦手な人間である。
特に急かされなければ、9時くらいまでは平気で寝ていられる。
その逆に、7時には起きなければならない用が入っていると、前の日から気が重くなってしまう。
普通に寝ていたら7時には絶対に起きれないので目覚まし時計をセットするのだけれど、ボクの場合は携帯のアラーム機能を使っている。
携帯のアラームを起きるべき時刻にセットして枕元に置いておくわけだ。
ところが不思議なもので、早起きせざるを得ない予定が入っている時は、なぜか必ず一度はアラームが鳴る前に目覚めてしまう。無意識のうちにも緊張しているのかもしれない。
設定ミスでアラームが鳴らないのではないかとか、一度鳴ったアラームを止めて二度寝してしまっているのではないかとか、そんなことが気になってしまうわけだ。
アラームが鳴る前に目が覚めてしまうと、なんだかすごくもったいないことをした気分になってしまって、意地でもアラームが鳴るまで寝ていようとするのだ。
今朝も7時前には起きなければならないスケジュールだったが、タイミングの悪いことに、昨夜の段階で携帯のバッテリーが残りわずかになっていた。
それでも、アラームをセットした上で寝室のコンセントで夜通し充電していれば特に問題はないのだけれども、ベッドの近くにコンセントがないので、朝になってアラームが鳴ったら、ベッドを抜け出して数歩歩いて携帯のところまで行ってアラームを止めなければならない。それがまた億劫なのだ。
目覚まし時計というものは、布団にもぐったまま、アラームが鳴ったら手だけ伸ばして目はつぶったまま手探りでアラームを止めて、そしてまたほんのちょっとのあいだだけでもベッドでまどろんでいるのが醍醐味(?)なんである。
バッテリー残量が非常に心もとないのを承知の上で、アラーム時刻をセットして枕元に置いて夕べは寝た。
結局、夜中にバッテリーが完全になくなってしまやしないかと気になってしまって、ひどく眠りの浅い夜になってしまったのだった。
なんだかなあ。
ボクがまだ惰眠をむさぼっている時間から早々とボクのブログを訪ねてきてくれている皆さんには、まったくもって恐縮な話だけれど。
ボクが寝ている時間では何もおかまいも出来ないので、なるべく前夜のうちから新しいネタの一つも書いておこうかと、心がけてはいるのだけどね…。

人間歳をとると、ある程度動作が緩慢になるのはやむを得ないことだけど、それとは別に、“勘の悪い年寄り”というのがいて、そういうのには、申し訳ないけど、ちょっと“イラッ”とするのである。
たとえば自宅車庫前でもスーパーの駐車場でも、クルマを出し入れするときに、ちょうどそこを通りかかった年寄りが、立ち止まってクルマの動きを邪魔しないように気遣ってくれたりする。
ところが、実際には、「あんたがそこに立っているから余計にクルマを動かしづらいんだよ!」ってこともあるわけだ。
自分で運転することがない人に特にそういう傾向があるのだろうけど、クルマの動きを予測できないというか、どこに立てばクルマに邪魔にならないかという判断が出来ない。
実はそれはうちの親父の話なのだけど、さっきボクがクルマで外出しようとしたら、ちょうど親父が自転車で帰ってきて、ボクがクルマを出すのを邪魔しないようにと道ばたで止まってくれたわけだ。
「たぁ〜、そこに立たれると一番邪魔なんだよっ!」と、ボクは心の中で叫ぶのだ。
でも気の小さいボクはそれを声に出せず、必死にハンドルを切り返ししてなんとかクルマを出すのである。
親父はもともと勘のいい人ではなかったけれども、こういうところを見せられると、「ああ、いよいよ親父も老境だなあ」と、一抹の寂しさを覚えるのである。
ボクが住む町内は、40年近く前に旧国鉄が職員向けに分譲した土地で、今でも通称〈鉄道団地〉などと呼ばれている。なので、住人も国鉄OBが多い。
分譲当初はみんな働き盛りで、町内の子どもたちの声も賑やかで、ボクも町内子供会の世話人をしたこともあった。(朝が苦手なので、夏休みのラジオ体操の係になった時は辛かったなあ…)
しかし、今になってみると、その第一世代はみな70代から80代。我が家のように子どもや孫が一緒に暮らしている家は少なく、ほんとに年寄りだけの町内になってしまった。都市の中の〈限界集落〉だ。
町内をクルマで出入りするのも、けっこうたいへんなんである。
うちも息子が結婚したからには、ボクもいつ“じさま”になってもおかしくはない。
勘のいい年寄りでありたいと、つくづく思う今日この頃。

以前から水面下ではウワサされていたことだけれども、新聞記事によると、田沢湖畔の〈ファミリーオ田沢湖〉の今年10月下旬での営業終了が正式に決まったようだ。
そう頻繁に利用したことがあるわけじゃないけど、やめるとなると一抹の寂しさはあるな。
田沢湖エリアで、温泉ではないってことが若干のマイナスポイントではあったけれども、今考えてみると、そんなに点数の低い宿ではなかった。どうせボクらは、部屋で遅くまでケラケラ笑いながら酒を飲んで、すごく愉快な気分でベッドに入り、あとは翌朝まで泥のように眠るだけだし、それでありながらあそこでは中々のリゾート気分も味わえたし、そういう意味でも、自分たちのキモチにジャストフィットな宿だった。料金も意外にリーズナブルだったし。
一足先に営業を終えたファミリーオ雫石は休暇村グループに譲渡され、装いを改めて営業しているらしい。ファミリーオ田沢湖も、いずれ他の事業者が引き継ぐのかもしれないけど、あのロケーションを活かし、あそこを拠点にした楽しく充実した旅の提案がちゃんとできる事業者が引き継いでほしいものだな。
来年の紙風船上げのころには、もうあそこはファミリーオではなくなっているのだな。
ファミリーオのうちに、名残を惜しんでもう一度泊まってみようかしらん。

たとえばボクがハニカミ王子と一緒にラウンドするゴルフの選手で、テレビ局のスタッフから、
「石川選手のプレー中の声を拾いたいのであなたがピンマイクをつけて一緒にラウンドしてもらえませんか? もちろん謝礼は十分に弾みますので」と言われたら、ボクは毅然と断われただろうか。
あまり深く考えず、「あ、いいっすよ」と、あっさり引き受けてしまわなかっただろうか。
あるいは、ボクが番組制作会社の下っ端スタッフで、石川選手と一緒にラウンドする選手にピンマイクを仕込むことにちょっと抵抗を感じていた時、会社の社長から、
「余計なこと考えずにお前は言われた通りにしろ」と言われたら、きっぱりと「やっぱり俺にはできません。ていうか、やるべきではないと思います」と言えるだろうか。
頻繁にではないけれども、生きていると、やっていいこと悪いことを判断する感覚が麻痺したり、断わりたくても断わりきれないこととかがある。
“断わる勇気”などと言うけど、“勇気”などというきれいごとではない。どちらかというと“度胸”だ。あるいは、「あいつとはからみづらい」と距離を置かれたり冷遇されたりすることへの“覚悟”だ。
仕事をしていると、まれにそういうことがあるのだ。
「えぇーっ、それはないんじゃないの?!」と言いたくなるようなことが、強引に先方から押し切られることもある。大所高所に立つと、先方の言いなりになるしかないのだけれども(“覚悟”を決めて断わってもいいけれども、それではリスクが大きすぎる)、自分としてははなはだ納得がいってないのである。
今日も午後から一つ取材の仕事をして、行き帰りのクルマで、ボクに仕事を回してくれる広告代理店の若い営業マンと一緒だったのだけれども、時々ボクが仕事のことでへそ曲がりなことを言い出すから、彼もハラハラしているようだ。歳はボクが上なのに、大人げないとも思っているかもしれない。
ボクはボクで、仕事に支障をきたすほど意地を張ってしまえばこの若い営業マンが苦労するだけだろうからと、“あまり納得はいってないんだぞ”という軽い意思表明だけにして、彼を困らせるほどの我は張らないのである。
今しがた、由利本荘市の「かすみ温泉」というところから電話が入った。
ここは、家族経営の山の中の小さな一軒宿なのだけど、いつかはボクの取材対象にしたいということで4月の末に一泊取材をして、5月末に発行された秋田市内全戸配布のフリーペーパーに記事を掲載したのだった。
その刷り上がったフリーペーパーを5部ほど、取材のお礼を兼ねて日曜日に送呈したのだ。
今しがたの電話は、宿の娘さん(といってもボクと同じくらいの歳だと思うけど)から、それが届いたというお礼と、「さっそく週末に秋田から二組お客さんが来られました」という知らせ。
ときどき、仕事をしてて、「こんな原稿書いてて何になるんだろう。誰が喜ぶんだろう」と、虚しい気持ちになることもあるのだけど、こんな風に、ボクの書いた記事で人がわざわざ出かけていって温泉を楽しんできたという話を聞けば、そりゃあライター冥利に尽きるというものだ。
うれすいねえ。
宿の娘さんから丁寧なお礼を言われたけど、こちらのほうこそお礼を言いたいくらいだ。
ここは、家族経営の山の中の小さな一軒宿なのだけど、いつかはボクの取材対象にしたいということで4月の末に一泊取材をして、5月末に発行された秋田市内全戸配布のフリーペーパーに記事を掲載したのだった。
その刷り上がったフリーペーパーを5部ほど、取材のお礼を兼ねて日曜日に送呈したのだ。
今しがたの電話は、宿の娘さん(といってもボクと同じくらいの歳だと思うけど)から、それが届いたというお礼と、「さっそく週末に秋田から二組お客さんが来られました」という知らせ。
ときどき、仕事をしてて、「こんな原稿書いてて何になるんだろう。誰が喜ぶんだろう」と、虚しい気持ちになることもあるのだけど、こんな風に、ボクの書いた記事で人がわざわざ出かけていって温泉を楽しんできたという話を聞けば、そりゃあライター冥利に尽きるというものだ。
うれすいねえ。
宿の娘さんから丁寧なお礼を言われたけど、こちらのほうこそお礼を言いたいくらいだ。

端からはただの“怠け癖”としか思われないだろうが、実は時々、ひどい“無気力症”に陥って悩んでいるのだ。
仕事が目の前に山になっているのに、一向に自分の中でエンジンがかからない。
原稿の締切が五日後だとすると、四日間はまるで無為に過ごして、最後の日に泣きながら(というのは大げさだけど)しかたなしにパソコンに向かい、まるでやる気のないテイで原稿を書き上げるのである。
どうせ片付けなければならない仕事なら、先にやってしまって、余った時間で思う存分遊べばよさそうなものだけど、駄々をこねる小さい子どものように、片付けなければならない仕事を目の前にしても、やりたくないやりたくない…とぶつぶつ言っているのである。
北杜夫はひどい躁鬱病だったけれども、それに近いものがあるのかもしれないな。
克服できるのならいろいろ試してみたいのだよ。催眠療法でも音楽療法でも。
薬を服用して改善させるのならそれでもいい。
無気力症の改善に効果があるとかいうクラシックの楽曲があるらしく、それをiTunesで聴いてみたりもしてるのだけどね。
昨日は、気分転換とダイエットも兼ねて、女房と近くの神社までウォーキングをしたんだ。
目覚ましい効果があったとは思えないけど、たまにはこういう気分転換も必要だね。
女房は、道々、「あ、ウルイ! あ、ミズ!」と、鋭い野生の勘で山菜を見つけては摘んでいる。ま、それもいいのだけど、こちとらにはただの道ばたの雑草にしか見えないのに、その中から食べられる草を見つけられる人の才能にはまったく恐れ入る。
「無気力でまいってるんだよう」とボヤクのを女房も同情してくれて、「ドリンク剤を飲んでみなよ」と言ってくれるのだ。
そんなんで効くのかなあとボクは半信半疑なのだけど、今日、彼女が買い物に行ったついでにボクにドリンク剤を買ってきてくれた。ああ、ありがたいねえ。ほんとに心配してくれてるんだねえ。
ありがたく、ごくりと一気に飲み干して、ふとそのドリンク剤の小瓶をよく見てきたら、『試供品』って書いてあった。
ああ、うちの奥さんだねえ…

比較的ヒマだった5月が終わり、6月になりました。
ヒマなのはのんびりできていいのだけど、その分稼ぎが減るし、ますます怠け癖がついてしまうので、ほどほどに予定が埋まってるのが一番なんだけど。
遠くまでクルマを走らせたり写真を撮ったりするのはちっとも苦にならないのだけど、原稿書きの仕事が最近少し苦痛です。
書いても書いてもゴールが見えてこなかったきつい仕事の記憶が、トラウマになっちゃったのかも。
ワタクシゴトながら、5月にはちょっとしたジンクスめいたものがあります。
それは、女の人との出会いや、ちょっとした“進展”が、なぜかこの月に多かったということです。
ぶっちゃけた話をさせてもらえれば、ボクの初体験も、ン十年前の5月のことでした。
特に意識しているわけでもないのだけど、なぜだか、5月に新しい出会いがあったり、知り合った女性と初デートするのが5月だった…ということが多いのです。
なんなんでしょうね。
新年度になってひと月ほどが過ぎて、もろもろの緊張も解けてきて、少し穏やかな気持ちになってきたところに、そういう“やわらかいもの”が待ち構えているのでしょうか(^^)
たとえば今手許に、何年か前の5月28日という日付の入った、女性とのツーショット写真があります。なんだかデレデレと、にやけた隠居が写っています。
嫌な終わり方をしてしまった恋は、写真もビリビリに破り捨ててしまいたくなるけど、遠い昔のこととはいえ、幸せそうな顔をした二人が写っている写真は、ずっと大事にしまっておきたくなります。
さて、今年の5月は、新しい出会いこそなかったものの、奥さんとは楽しい旅行も出来たし、なじみのガールフレンドとのデートも出来たし、例年通り楽しい5月だったと言えます。
さ、また来年の5月を楽しみに、元気で一年がんばりまっしょい!…ってことですわ。





