
アルコール依存症の隠居は、毎晩、相当量を飲む。
到来物の上等酒があるときは、それはそれはありがたく頂戴するのであるが、平生は最下級の酒を飲むのである。
「あんなのを飲んでたらカラダ壊すぞ」と巷間囁かれるほどの、最低価格帯の甲類焼酎である。それを水割りにして飲む。
そういう生活水準の中、最近になって我が家では、男鹿半島にある「滝の頭(たきのかしら)」という湧水をしばしば汲みに出向いている。
ボクはどちらかというと“味オンチ”なので、そんな湧水にわざわざ飲むほどの値打ちがあるのか、よく分からなかったのだけど、我が家の女たちに言わせると、“まるで違う”というのである。
ならばということで、汲んできた滝の頭の水で、まず氷をつくる。
で、その氷を2、3個、グラスに入れ、最下級の甲類焼酎を注ぎ、滝の頭の水で割る。
あら不思議!
美味しいのだ。美酒である。
安酒にありがちな雑味がとれて、とても上品な味わいの酒になる!
あまりに美味しくて、このごろはいよいよメートルが上がり気味なのだ。
安酒でもこれだけの高価なのだから、高級ウイスキーやブランデーだったらどこまで美味しくなるのだろう。
お金をかければ美味しいものは手に入る。
しかし、お金のかかる水道の水よりも、タダで手に入る湧水(ガソリン代は少しかかるけど)で割った酒のほうが美味いなんて!
こんなとき、田舎に暮らしていることのヨロコビを、感じるのである。

木曜夜フジテレビの『風のガーデン』は、とりあえず欠かさず観ることにしている。
今年はボク自身富良野へ旅をして、あの土地への思い入れもあるし、倉本聰のホンは、おおむねボクの嗜好に合っている。
主人公白鳥貞美・中井貴一は、末期がんに罹っていてときどき堪え難い激痛が襲ってくる。
そんなとき、貞美はもだえ苦しみながら麻薬パッチを取り出して胸に張るのである。
今、隠居にもときどき堪え難い激痛が襲ってくる。
歯が痛いのだ。
放置していた虫歯が、いよいよひどくなってきたのだ。末期虫歯だ。手遅れである。
ためらわず歯科医にかかればいいのは、言われなくても分かってる。
だけど、隠居は歯医者が嫌いなのだ。死ぬほど苦手なのだ。
いい大人なのに、これは子供のころからのもので、未だに歯医者は避けたいと思っている。
昔つくった差し歯がかなりへたってきたので、早晩歯医者には行かないわけにはいかなくなるだろうが、ただの(ただのってことはないのだけど)虫歯だったら我慢したり痛み止めでやり過ごしてしまいたいと思ってしまう。(その結果、隠居の口の中はボロボロなのだけど)
そんなわけで、秋田の中井貴一、隠居も、今、ときどき激しい痛みと闘っている。
しばらく気にならないレベルだったけれど、今日もまたじくじく痛みだしたので、出先で薬屋に飛び込んで、イブA錠を買った。今は穏やかだ。
大天使カトさんと呼んでほしい。

たとえばテレビのクイズ番組などで、[怪我]という漢字が示され、読みを答えよと言われたら、なんだかよく分からないまま、字面のニュアンスで「かいが?」と答えてしまう人は少なくないかもしれない。
しかし、長い文章の中にその言葉があったら、前後の文脈からしてそれを「ケが」と読むことは、おそらく誰だって類推できる。あるいは、下読みの段階で、文意を把握できず「これはなんて読むの? どういう意味?」と、周りの人にたずねるかもしれない。字が分からないことが非常識なのではない。分かってないというのが分かってないことが、非常識なのだ。
そしてA君はそのエピソードで、はからずも、自分で書いた原稿(自身の主張)を読み上げたわけではないという、馬脚を露わしたわけでもある。
閑話休題。
東京に暮らす我が娘が、近々引っ越しをする。
今までマンションの一室を友人とルームシェアしていたのだが、その友人が出ていくことになり、一人で家賃を全額払うのは負担になってしまうからだ。
さっそく物件探しにかかった娘から、ボクの携帯に「梅屋敷とN町だとどっちがいいと思う?」と、相談のメールが入った。条件的には梅屋敷のほうが若干いいのだとか。
ボクは東京の地域事情に特に明るいわけではないけれども、断片的な知識で、N町よりは梅屋敷のほうが生活環境がいいのではないかと思った。
それで、「父さん的には梅屋敷のほうがいいと思うけど、一度ちゃんと現地の周辺を見てみて自分で納得して決めたほうがいいと思うよ」と書いてやった。
そしたらすかさず、「梅屋敷という地名がイヤなの! 響きがイヤなの! 絶対イヤなの!」と、なんだか、すごい勢いのメールが返ってきた。
実際に梅屋敷にお住まいの皆さんには、たいへん申し訳ないことだけれども、ま、今どきの若い娘の感性では、そういう地名の響きも気になるのだろうな。
ボク的には、梅屋敷のほうが羽田空港にも近いし、上京したときに泊めてもらうのに好都合かなとも思ったのだけど、ま、決めるのは娘だし。
結局、N町に落ち着くことになりそうだ。
彼女が結婚したり、あるいは同棲でも始めたら、さすがにボクの上京時の宿代わりにすることも難しくなるだろうから、それまでは、しばらくボクもN町方面に足を向けることになるのだろう。

[入道崎]
金土と、一泊二日で宮城県のリゾートホテルに取材に行ってきた。
その取材のついでに、二日めに山形県に回って、別の媒体のための取材も済ませてきた。
初雪が降ったとはいえ、秋田市はまだ雪景色というほどではない。
ただ、秋田から宮城に抜ける鬼首峠の雪は凄まじかった。
突然の大雪で除雪も追いついていないという感じで、道幅も狭くなっており、峠道の下り坂で危うく対向車と接触するところだった。
その年最初の雪道運転で事故ってたらシャレにならないなあ。
ところで、ボクはベネッセという会社の仕事をたまにさせてもらっている。
同社が学生向けに出している雑誌の記事で東北方面の取材が発生した時に、カメラマンとして起用されるわけだ。
今夏は都合2回、仕事をさせてもらった。1回は盛岡の仕事だった。
岩手にだってフリーカメラマンはいくらでもいるだろうけど、なぜか隠居に声がかかる。ありがたい話ではあるけれども。
個人的には、教育ビジネスとか、教育関係で動くお金というものにはいささか抵抗があるのだけど、金払いの面で同社は非常に潔く、その点では、正直、とても助かる仕事でもあるのだ。
ベネッセの仕事では、ボクは撮影だけで、ほぼ半日のみの拘束。取材終わりでお茶を飲んでる間に持参したノートパソコンで写真をCDに焼き、それを編集者に手渡せば一件落着だ。そして、おおむね一ヶ月以内にギャラの振込がある。
これが、他の出版社の仕事の例だと、撮影以外にインタビューなどもして原稿も書いて、その原稿の書き直しの要求にも応じて、なんだかんだで延べ4、5日も拘束されて、それでギャラ的にはベネッセのパターンとほぼ同額。しかも、記事掲載誌が発行になってからの請求発生で、支払いは翌月末ということだから、たとえば8月中にやった仕事でも、そのギャラが入金になるのは11月末なんてこともザラなのだ。まったく、干上がってしまう。
“美味しいところにすり寄る”ということばかりでは、えてして好ましからざることの温床になりかねないけれども、同時に、“気持ちよく仕事ができる環境”というのは大切なような気がする。
気持ちよく生きる、気持ちよく仕事をする…というようなことをおざなりにすると、それがネガティブなスパイラルになって、どんどんと苦しい状況に陥っていくのではないだろうか。
日曜日の今日、ベネッセから記事掲載誌が送られてきた。
ボクの撮った写真と、撮影者名のクレジットが載っている。
“ああ、なんだかんだ言って、オレも教育ビジネスに食わせてもらってるんだなあ”と、苦笑するのである。

今週は、火水と一泊の出張、そして今日が中休みで、明日からまた一泊の取材。
出歩くことが多い隠居とはいえ、週に二度も“外泊”というのはちょっと珍しい。
雪が降るぞ降るぞと予報されていたけど、ほんとに降った。
昨日の朝横手市のホテルで目覚めた時は、「予報、ハズレじゃん」と思うほどの上天気だったのだけど、そのうち段々怪しくなってきて、小降りの雨はやがてフワフワと舞う白いものに…。
クルマはまだ夏タイヤのままだったので、無事に家まで帰れるか、はなはだ心配したことでした。
初雪というのは、一回降ってもすぐに止み、また何日も乾燥路面の日が続くのが常だから、今までも、雪が降ったからといって慌ててタイヤ交換することはなかった。
乾燥路面を長い距離スタッドレスタイヤで走るのは、タイヤがもったいないし。
だけど、予報はともかく、明日もまた鬼首峠を越えて宮城県まで行くことを考えると、さすがに夏タイヤのままというのは無謀。
めんどくさいけど、今日タイヤ交換するっきゃない。
タイヤ交換って、くたびれるからあんまりやりたくないんだよな。
といって、スタンドなんかに頼むのもお金がもったいないし。
結局、いやでもやらなきゃいけないわけで。
たまたまイエローハットのチラシを見ていたら、フロアジャッキが、3000円で20円のお釣りがくる値段で売っていた。
隠居の性分としては、こういうものにお金をかけるのもほんとはイヤなのだけど、フロアジャッキならクルマ一台につき4回のジャッキアップを2回で済ませられる。
少しでも楽をしたいんだったら、これくらいの出費はいたしかたないか。
というわけで、今日は日の暮れる前にタイヤ交換ですわ。
ところで、話は全然違うけど、今の日本の医師不足の問題に関連して、アソウさんが医師の側の資質を疑うような、的外れな答弁をしたらしい。
さすがにそれは“失言にあたる”と素直に認めて、すぐに謝罪した。(隠居に言わせれば、「まともなお医者さんが不快な思いをしたというのであれば、それは申し訳ありません」という謝罪コメントすらも、大いに的外れな気がするのだけど)
失言をして謝罪をして、それで表面上は一件落着かもしれないけど、実は、このことで、我が国の宰相がその程度の知見しか持っていなかったということが露呈したわけで、腹立たしいというより、はなはだ、寒々しい思いにかられるのである。
なんだか、いよいよ暗澹たる気持ちになってくる。
もう少し、この国に住むということに、夢を持たせてほしいもんだ。

自分の意志でブログをやっている以上、あまりあいだをおかずに更新していこうとは思っているのだ。
ごく少数とはいえ、見にきてくれるお客さんがいる限りは、なるべく期待も裏切りたくないと思う。
だけど、どうにも気合いが入らないこともある。
とりあえず写真だけはストックがあるので、「この次はこの写真を載せてみようか」と準備することはできるのだけど、さてネタはどんなのでいこうかと考え始めると、とんと思いつかないことがある。
最近講師を務めた日帰り撮影ツアーの話とか(今日の写真はその時のもの)、最近観た映画(DVD)の話とか、ネタにしようと思えばできなくもない話は、なくもない。
でもねえ、自分の中に、「そのネタで書きたい!」…っていうモチベーションがないんだな。
モチベーションもないのに書いたって、とってつけたような話にしかならないわけで、そうまでしてブログってやり続けなければならないものでもないと思うし。
いや、ブログ自体はやめるつもりはありませんよ。
自分の撮った写真を人様に観てもらいたいという思いはあるし、折々に、誰か彼かが聴いていてくれることを前提にしてブツブツと何かをつぶやいていたい気持ちもあるし。
そうだなあ、最近観たDVDで言えば、『地下鉄(メトロ)に乗って』が、期待以上に面白かった。
観る前は、『三丁目の夕日』的な、単純な懐古趣味的な映画かなと思っていたのだけど、実はこれはなかなかの“人間ドラマ”で、不覚にも隠居はボロボロと涙してしまったシーンもあったことでしたよ。
ざっくりと言ってしまえば、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』日本版…といったところだけど、時間旅行の果てに見えてきたものに対する答えの出し方が、なかなか切なくてね。
人生は、カラカラと快活に生きるのが一番かもしれないけど、“切なさ”ってのも、隠し味として残しておきたいような気持ちが、するのです。
ときどき、ブログの更新が滞ることがあるかもしれないけど、今はやめるつもりはないので、長い目で見てやってください。

新聞の道路情報欄を見ていたら、峠筋の道路はもうかなりの区間が冬期閉鎖に入ったようだ。
ああもうそんな季節なのだなあと、思うのだ。
閉鎖といっても、通れないと困るような重要な道でもないので、別に問題はないのだけど、なんとなく、ひとつところに閉じ込められたような気分になって、寂しいじゃないか。
最近ジムニーを買った友人が、オフロードドライブにはまってしまって、何かというとボクをドライブに誘いにくる。
40、50の親父たちが平日の日中、仕事を投げ出してつるんでドライブに行くというのもいかがなものかと思うのだが、何かしら写真は撮れるかもしれないと思い、とりあえずカメラを持ってジムニーの助手席に乗り込むのだ。
行き先については、たいていボクのほうがサジェスチョンする。
なんだかんだと、今までにいろんな道を走ってきたので、ジムニー乗りが喜びそうな道は、彼よりはボクのほうが詳しいかもしれない。
「たとえば何か大きな罪を犯して逃走することになるとするじゃない。幹線道路はすぐに検問が張られる。そういうときに、こういう峠道を覚えておくと、うまく逃げおおせるかもしれないよ」と、彼にアドバイスする。
そんな秘密の逃げ道ルートのいくつかが閉鎖になるのだから、これから雪が解けるまでの間は、大きな罪を犯すこともなく大人しくして過ごすしかない。
来週、宮城県の鬼首に取材に行くのだけど、そのついでに山形県でも一カ所取材してくることになった。
この区間にも“逃走用”におあつらえ向きの峠道を知っているのだけど、もしそこも冬期閉鎖になっているようだったら回り道をしなければならない。
ネットで調べてみたら、ギリギリまだ通れるみたいだ。
あとは、降雪で閉鎖が早まらないことを祈るのみだ。
大きな罪を犯しているわけじゃないけど、なんだか、いつも人生ギリギリなんである。

火曜の夜は予定通り『マディソン郡の橋』を観た。
今までも何度か観ているし、ストーリーも分かっているので、改めて観ることもなかったのだけど、ま、タダで名作映画を観るのも“倹約生活”の一環で…。
ただ、今回ちょっと意外に感じたことがあった。
それは、キンケイドとフランチェスカがはっきりと肌を重ねているシーンがあったことだ。
今までのボクの漠とした記憶では、映画の中には具体的にそのようなシーンはなく、「そこは観客が前後の文脈から“斟酌”しなさい」ということだったような気がするのだ。
だから、しばらくの間は、キンケイドとフランチェスカのあの4日間の恋は、プラトニックなものだったのだろうか、あるいはフィジカルなものでもあったのだろうかと、自分なりに斟酌していたのだった。
ボクが間違って記憶していたのか、あるいは、火曜日に観たのがディレクターズカット版のようなもので、あとからシーンが加えられたものなのかは、よく分からない。
いずれ、想像力で斟酌しなくても、4日間に何があったのかはよく分かった。
それにしてもだ、大の大人の男女が、たった4日間で燃え上がるような恋ができるものだろうか。
そこに“夢を見てみたい”気持ちは分からなくもない。
だけれども、たった4日間で、「ボクについてきてほしい」「あなたについていきたい」と、そこまで思うものだろうか。
ボクだったら、夢のような気分で過ごした4日間を大切な想い出にして、また“現実の世界に戻っていく”という道を選ぶと思う。
いつも一緒にいなければ信じられないというのではなく、離れて別々に暮らしていても、あの“4日間の真実”は信じられる…みたいな。
夢を見れただけでも幸せ、ってこともある。

TSUTAYAがレンタル半額セールをやってるものだから、“倹約生活”の一環としてこういうときにこそまとめてDVDを観ておこうかと思う。
来週はちょっとばたばたするので、比較的暇な今週こそグッドタイミングだ。
ところが、こういうときに限って、快晴続きなのだ。
すこぶる天気がいいのに、どこかに写真を撮りにいくこともせず、部屋に引きこもってDVDなんか観ている場合かと、大いに迷う。
それでも、期限付きで借りているDVDなのだから、借りている以上は観ないまま返すというのも“倹約生活”に反するので、無理にでも観ようと思うのである。
他の家族もいるので仕事部屋のパソコンでこっそり観るのだけど、なにしろ天気がよすぎて明るい外光が差し込むため、窓にカーテンを引いて部屋を暗くして観る。ついでだから(なんのついでなのかよくわからないけど)香も焚いてみた。
せっかく天気がいいのに、部屋にこもってカーテンを引いて暗くして、香を焚いて古い映画を観ている…。
ほんとうにこのタイミングでこの行動が正しかったのか、激しく煩悶するのである。
観ていた映画は『秋津温泉』という旧作。
どういう作品なのかは皆目分からなかったのだけど、まあタイトルからして文芸作品の香りもするし、“温泉”というフレーズからも、隠居的にはそこそこ楽しめるだろうと、ついでに借りてみた一本だ。なにしろ半額だし。
結論から言うと、内容は少しまだるっこしくて、自分はあまり好きにはなれなかった。古い日本映画の、その時代の空気に触れられたのは面白かったけれど。
14日までにあと3本“観なければならない”。
これって、本当に我が家の倹約生活の一助になっているのだろうか。
なんだか、却って自分を堕落させているだけのような気もしてきた…。
今夜はBSで『マディソン郡の橋』をやるのだそうな。
それも一応観ておきたいし…。

ちょっと前までだったら、行きたいところができたらあまり深く考えずにひょいとクルマに乗って出かけたものだ。近場であれ遠方であれ。
ところが、ガソリン代が天井知らずに高騰し始めると、そんな思いつきではドライブができなくなった。
“費用対効果”を考えるようになった。「そんなにガソリン代をかけてまで行く価値のあるところかどうか」…と。
いや実際、ガソリン代の留まるところを知らない値上がりはしんどかった。仕事で遠出する場合でも、交通費(ガソリン代・高速代)は自腹…ていうか、それを含んだギャラ…というパターンが多い。ガソリン代がかかり増しになれば、結果的に身入りが減るわけだ。
ギャラを上げてもらわなければやってけないなと、本気で考え始めていたのだ。
それが、このごろはビックリするような値段の下がり方だ。
10月26日のこのブログで「今の単価は147円」と書いたばかりなのに、今日は130円!
ここまで下がってくれると、ガソリン代のことをあまり気にせずドライブもできようというもの。
我が家から角館までは片道50km。うちのクルマの燃費でいけば、1000円分もガソリンを入れればゆうに角館まで往復できてしまう。
女房と二人でのドライブだったら片道一人250円相当だ。(←この計算はあまり意味はないけど)
というわけで、今年の角館の紅葉も一応見ておきたかったし、ほんとに1000円分だけガソリンを入れて、昼から角館に行ってきた。
天気は今ひとつだったし、紅葉もちょっとピークを過ぎていたような感じだったけど、ま、“1000円分”と思えば、痛くはなかったかなと。

数年前に一度、クルマで名古屋まで行っているので、秋田からの大まかな道順は頭に入っているのだけど、それを補完する意味で今回はカーナビを大いに活用した。
知らない土地では案内標識を見落とさないよう、かなり神経を使って走らなければならないものだけど、カーナビだと曲がるべき交差点も音声で案内してくれるのでずいぶんと気が楽だ。
そのせいか、今回はボクのドライブ歴でも長駆中の長駆だったのだけど、全然疲れた気がしないのだ。
カーナビのもう一つの利点は、画面を通して周囲の情報も目に飛び込んでくること。
長野から国道19号を通って松本に入ろうとする頃、ナビの画面の右側に「安曇野」という地名が現れた。
あれ、ここから安曇野まではすぐそこじゃん。
よし、じゃあ、ここまで来たついでだ、奥さんに「大王わさび農場」を見せてやろう。
というわけで、急遽安曇野に寄り道して、奥さんにワサビ畑を見せてやったのでした。
ていうか、ボク自身、前にも一度来ているので、その想い出の場所に立ち寄りたかったってことも、あるのだけどね。
カーナビがなかったら、きっとこんな“お楽しみ”を味わうこともなかったろうと、思ったりして。

[新道峠より]
今回の長駆はうちの奥さんの希望とスケジュール優先だったので、ボクのほうは、たとえ撮りたい写真があってもスパッと諦める覚悟もしていたわけです。
それに、前回も書いたことだけど、出発直前に急遽行き先変更(!)という、ありえない展開になり、綿密に撮影スケジュールなんか立ててたら、エラいことになってました。
1日の16時までに奥さんを豊田に送り届け、その足でボクは国道1号を東進。静岡県富士市の道の駅に着いて、今夜はここで車中泊しようと思ったのだけど、なにげに地図を広げてみたら、河口湖が意外に近い。
じゃあ、せっかくだから今夜のうちに河口湖畔まで移動して、そこで夜明かしして、早暁の富士山を撮ってみようかと。
結果的に、ばっちりでありました。
朝6時、産屋ヶ崎で湖面越しの富士山を撮る。
ここは“逆さ富士”の名所らしいのだけど、その日の空模様や湖面の波の具合で常に見られるものとも限らない。
パッと行ってパッと撮れるものじゃないのだけど、それが撮れたんですよ!
奇跡的です。やはり、日頃のオコナイのおかげでしょうか。(その写真はまた後刻)
ひとまず、“富士山を撮る”という願望は果たしたので大満足。
そのまま東京に向かっても良かったのだけど、実は「新道峠」という撮影ポイントもちょっと引っかかっていて…。
ここで大貢献してくれたのが、今回買った23000円のポータブルカーナビ。
ちょっとルート検索してみたら、産屋ヶ崎から新道峠まではそんなに遠くもない。
今回逃したら次はいつ来れるか分からないわけで、よし、じゃあ新道峠にも行ってみよう!…と。
そしたらこの光景。美しすぎます。出来過ぎです。
やはり、日頃のオコナイのおかげでしょうか。
そのあと東京に戻り、新幹線で豊田から戻っていた奥さんと合流して都内の娘のアパートに泊まり、昨日丸一日かけて秋田に戻ってきました。
高速道路もほとんど使わない超ケチケチドライブ旅行だったけど、なんだか、すごく贅沢な時を過ごした気分だなあ。




