
写真は、八甲田山中、蔦温泉である。
近年は傍らに鉄筋コンクリートの新館も出来て通年営業できるようになったが、従来はこの木造の建物だけで、冬季間は休業していた宿だった。
昭和31年、青森県蟹田町の太宰治文学碑除幕式に招かれた檀一雄は、愛人“恵子”を伴って夜行列車で青森に向かった。
愛人といっても、そのときの恵子とはまだプラトニックな関係であった。
除幕式の式次第をつつがなく終え、その夜の宿をどうするかとなったときに、檀は「蔦温泉」に行こうと提案したのだった。
そしてその蔦温泉の夜、二人は初めて、プラトニック以上の関係になったのである。
檀一雄、数え45歳の年の夏であった。
蔦温泉は、「大町桂月ゆかりの宿」として紹介されることが多いが、なぜか「檀一雄ゆかりの…」と喧伝されることはほとんどない。
しかしそこは、知る人ぞ知る、“恋人たちの秘密の聖地”と、言えるのかもしれない。
温泉ライター隠居の、今年の温泉取材希望リストの中にこの宿の名前も挙げているのだけど、はたして編集部が採用してくれるかしらん。

